うまくいく人といかない人の違い

人生がうまくいく人とうまくいかない人の差は何だろうか

持って生まれた才能だろうか

環境だろうか

 

人の性質上

だいたい見えるもので「絶対的」に比較判断する

 

しかし

考えてみよう

 

自分自身と

同じ環境で同じ性格で

つまり完全に同じ状況下にある人がいるだろうか

 

それなのに

同じ年頃だからとか

同じ性別だからとかで

比べて何の意味があるだろうか

 

違う条件下では人と比べようがない

 

つまり

人それぞれすでに得ているもの(環境や先天性)で

比べていること自体おかしい

 

というか歪んだ見方

 

容姿に恵まれている人・いない人

実年齢より若く見える人・老けて見える人

家柄が良い人・良くない人

才能に恵まれている人・いない人など

 

人は皆生まれた瞬間から

異なる環境と資質をもっていることは明らか

 

環境(親や家柄など)や性格、才能、容姿を

自分が生まれるときにいいように選ぶことができない

 

当たり前

 

しかし

たいていの人は

すでに得ているもので比べてしまう自分がいる

 

「なぜあの人が・・・」

「なぜ自分だけが・・・」という

たいていの理不尽さはこのような思いからくる

 

では

この理不尽さを感じる根底は何だろうか

 

それは

「すべての人間は公平である」という前提がある

 

その前提自体が理不尽さという諸悪の根源となっている

 

上記しているように

世の中が公平であるはずがない

 

だから

前提を変えたほうが

よっぽど世の中を楽に見れるだろう

 

つまり

「世の中は基本的に不公平である」ということ

 

その「公平さの基準」も人によって異なり

それこそ人間の数だけ基準が存在する

 

「結果の公平さ」と「機会の公平さ」だけを見ても矛盾する

 

みんなが同じ機会を与えられて

運や先天的な能力によって

結果に差がついた場合

それは公平な競争だったと言えるだろうか

 

逆に頑張っても頑張らなくても

全員同じ分だけ配分されるというのは

公平と言えるだろうか

 

要するに

人が持ち出す公平さは

「自分にとって都合のよい公平さ」でしかない

 

一方で誰もが子供時代から

「世の中は公平であるべき」と教えられる

 

アメリカの名門ケネディ家の有名な家訓は

「人生は公平だと思うな」らしい

 

その言葉の意味は

「だから名門には名門としての責任がある」

ということか

 

これを

凡人の全く思い通りにいっていない

自分自身に当てはめてみよう

 

ところで

「原因と結果の法則」をご存知だろうか

 

うまくいかない人の共通点は

「結果(見えるもの)」ばかりに囚われている

 

一方で

うまくいく人の共通点は

「原因(見えないもの)」を常に追求している

 

望む結果を得るには

必ず「原因」がある

(もちろん、運の要素も大きい)

 

つまり

いろいろと試行錯誤を繰り返して

そこまでに至るプロセス(過程)があるということ

 

それらを踏まえれば

まず、人生は「不公平」にできていることを受け入れよう

 

そのためのメンタルも必要だが・・・

 

メンタルが備われば

努力しても無駄で意味がないとは考えない

 

むしろ

与えられた「不公平な環境」の下で

努力していくことに

プロセスを歩むことに価値があると考える

 

つまり

うまくいくまで、諦めずに、柔軟に、

すでに得ているもの(限られた資源)を活かして

試行錯誤していく

 

だから

不完全な自分で、不公平な環境だから

最初からうまくいかないこと自体は当たり前のこと

 

そして

努力の成否は他人と比べて結果が

よかったかどうかではない

 

比較対象は

理不尽さを感じるだけで

今まで何もしてこなかった

努力してこなかった自分自身となる

 

このように

今の自分の見方、考え方がいいのかどうか

疑問を持とう

 

日々の思考訓練は欠かせないようにしよう

 

「なぜ」と問い続けよう

 

間違った視点、考え方、前提では

自分が嫌になるだけ

 

大事なことは

うまくいかない時に

コントロールできるものに焦点を当てることだ

 

コントロールできるのは何より自分自身だけ

 

今の「考え方」や「やり方」が今の現象

 

すでに答えが出ているのに

違う結果(望む結果)を得ようとすることこそ

無駄な努力

 

うまくいく人とうまくいかない人の差は

視点をより高くして見てみよう