前回のつづき
孔子には「門弟三千人」と呼ばれるほど
多くの弟子がいました
彼らは孔子の死後、各地で活躍することになり
その流れは「儒」と呼ばれるようになりました
しかし、孔子存命中からして
孔子が礼の復興にこだわった理由を
理解できた者が少なかったように
儒家は必ずしも一枚岩ではなく
政策に注力した人
儀礼に没頭した人
文学に傾倒した人
言論に明け暮れた人など
さまざまな系統に分かれていきます
劣悪な者になると祖先崇拝の信仰を利用して
葬儀屋として各地で金稼ぎを行っていたとも言われます
孔子の学問が広がったために起きた分派は
次第に粗雑な知識や技術の切り売りに堕落し
その反発から薄葬を説く墨家思想
仁や礼を批判する老荘思想などを誕生させました
あるいは
戦争の性格や運用法について整理した兵家
自然の運行が人間や社会に与える影響関係を
解き明かした陰陽家
地政学と外交の技術を磨いた縦横家
言語と論理を分析した名家
商業を抑制し農業の復興を図る農家など
よりプラグマティックな思想も登場します
思想の分化や乱立は
「百家争鳴」という局面を生みましたが
そうしている間にも功利は日々人間を支配し
さらなる利益の奪い合いへと突入しました
そうした中で戦国時代も半ばになって
現れたのが孟子(前372?~前289?)です
孔子の弟子で「孝」の徳に優れていた曾子(生没年未詳)
曾子(そうし)の弟子で孔子の孫でもあった子思(生没年未詳)
そして子思(しし)の弟子という学統に属する孟子は
孔子の理想を実現すべく各地を遊説して回りました
孟子は
相手の議論を自分の議論に吸収して利用するという
能力が異常に高い論客でした
したがって相手は
自分の議論にそって話が進んでいたはずなのに
いつの間にか自分の議論不能に陥っています
こうした合気道のような弁論術によって
孟子は向かうところ敵なしの論客として名を馳せました
それはたとえば
利益を最大限に得たければ
礼の復興を目指すのが最も近道である
という論法によく表れています
孟子は功利の売りである利益の最大化を横取りし
功利を無効化してしまおうとしました
その手始めとして孟子は
王に面会すると彼らが建造した宮殿や庭園
寵愛する美女たちをほめたたえます
儒家が来ると聞いて
どうせ礼の復興でも説くのだろうと思っていた王は意外に思い
孟子に興味を持ちます
そこで孟子は
それらをもっと楽しむには
他人からの妬み嫉み(ねたみそねみ)や横取りに不安がるよりも
みんなで楽しんで賞賛された方がもっと楽しいと説きます
庭園を開放して山菜の採集や狩猟ができるようにすれば
みんなが王の庭園をほめそやすし
国中の独身者が結婚できるように
収入を安定させてやれば
みんなが王の夫婦を祝福して
ちやほやされるのでこんなに楽しいことはない
要するに国民の資産が
そのまま国家の資産になるようにするのが良い、と説きます
そして「人間は安定した収入がなければ
人のことを思いやる道徳心など持てないのです」と畳みかけ
王にとっての最大の利益が国民からの支持にあること
支持を得るためには国民生活を豊かにして
その道徳心を養うべきことを説きました
こうして王は
知らず識らずのうちに孟子の論法にはまっていきました
孟子の議論はごもっともですが
では国民生活を安定して豊かにするためには
一体どうすれば良いのでしょうか
孟子は具体的な方法として
周王朝で行われていた「井田法(せいでんほう)」の実施を
提案します
井田法とは
土地を「井」の字のように9等分して
真ん中の1区画を公田として国家が確保し
残りの8区画を8世帯の国民に分配するという土地整理法です
土地を与えられた8世帯は
みずからの土地で穀物や桑などを植え
そこで得た収入を無課税で丸取りできます
そのかわり8世帯共同で1つの公田を管理し
そこから得られた収入を税として納入するというものでした
このように土地を国民に分配して
収入を得る機会を与えることで
国民は生活に必要な最低限の食料、衣服を獲得し
それを元手にさらに資産を増やしていくことも可能になります
ここで重要なのは
国民に現物支給するのではなく
生産手段を提供するということにあります
現物支給では
国民の生産意欲を刺激することはできませんが
収益機会の提供であれば
頑張った分だけ収入が上がるので
自然と国民をやる気にさせます
また、生産の手段を持たない貧困な人々に
土地を分配することで
放置されている未開拓地を開墾しつつ
公田を通じた税収の母数を上げることも可能となります
井田法はその後
理想の土地整理法として
中世の唐王朝に至るまで形を変えて実施され
日本にもその影響は及んで
江戸時代の地方再生事業まで応用されます
しかし、孟子が問題にしたのは必ずしも
農業生産力だけではありませんでした
孟子の目的は
王の庭園造営に賛成したことにも見られるように
むしろ標準的な国民の生活モデル
(現在で言う「中間層」の生活モデル)を決め
先行投資で収益機会を提供し続けることでした
孟子は、最低水準を確保した国民が生産に励めば
その収人によって家族を養うことが可能となり
貧困の最初の犠牲となる老人や子供が保護されると説きます
また、収人がないために
結婚できない若者たちを救済することになるので
人口増加も期待できるし
独居老人や母子家庭
身体障害者を共同体で助けるような社会保障が
出現するとも言いました
何より安定した共同体ができれば
労働力と経済力を同時に獲得することができると言って
王の功利心をくすぐることも忘れませんでした
井田法は一見すると復古のように見えますが
孟子の議論はそのように単純ではありません
何故なら都市に人口が集中し
貧富の格差が開いて失業者があふれている現状では
むしろ都市には失業者を吸収する余力はなく
地方への人口環流が合理的な選択であると踏んでいたからです
さらに孟子は
相場を利用した収益によって
一部の商人が経済を独占すると
税収は上がっても公正な商取引が破綻して
経済が衰退すると猛批判したり
減税による一時的な税収の低下があっても
国民所得上昇による長期的な税収の上昇をはかるべきだと
訴えたりしました
つまり
井田法とは国家の産業構造をリバランスするための方便でした
こうして孟子は国民の資産
すなわち「民富」こそが国力であり
税収の多さ、すなわち「国富」は国力ではないという
論陣を張りました
孟子の議論には
経済学者の趣があります
今回はここまで
今まさに日本が何をすればいいかを述べています
そのまま孟子の理屈を
現代の日本に当てはめれば
いかに真逆のことを政府がやっているかが分かる
それは
やりたい放題で
国民の資産をずっと奪うことばかり
国民のためではないということもわかる
それは一部の限られた人のためにしかなっていないこともわかる
何より
安定した共同体は
「人としての基準」を失わない環境のなかで
身近な協力関係という
コミュニティの集合体が国家を形成する
人間は安定した収入がなければ
人のことを思いやる道徳心を持たせる環境にするのが
政府の大きな役目であり
政治家たちの役目であり
官僚たちの役目である
そもそも
そんな人たちが
見せかけの道徳心でやるやるというだけ
功利主義は
一見、国民の欲を満たすに
国民を動かす力にはなり得る
しかしそれは
欲の肥大化にたいてい結びつく
たいてい
格差社会が生まれる
お互いのよりよい協力関係という心のつながりというより
互いの優位性によって奪い合う関係という欲のつながりとなる
社会は運命共同体であって
マイノリティーの特権の人の虚構のためではない
人間性を磨き続けることは
共同体を安定させる
欲の追求(功利主義、マネー主義)は
共同体を不安定にさせる
この違いは
あなたや私の「なか」を
無自覚に感情のままに反応するか
それとも
自覚して心と意識を自分のものとして
よりよく使おうとする姿勢を持っているか
人のコントロールを放棄する姿勢なら
心を満たすことができていれば
人間の功利心をくすぐる必要もない
社会全体が
関係性のなかで
一緒によりよく物事を成し遂げることに
喜びや遣り甲斐を感じられているから
つまりは
日常で内的動機づけが強化されるから
自身の言葉でいえば
しっかりと心が満たされているから
功利心という欲を満たすことがどうでもよくなる
それがもっとも望ましいこと
