「人生はトレードオフ」が意味するもの・・・

トレードオフ」って分かりますか?

 

トレードオフとは

何かを得ると別の何かを失うという相容れない関係のこと

 

平たく言えば

「あちらを立てればこちらが立たず」

 

誰もがいくつになっても

健康を維持して気持ちよく暮らしたいと思うことだろう

 

今ではインターネット上でもテレビでも

数多くの健康情報が溢れている

 

そういった膨大な情報を見て選択に困ることがあるだろう

 

確かに

ある健康法を評価する話もあれば

否定する話がどちらもあるから

混乱するのも無理はないこと

 

ここで問題

 

次の二つの主張はどちらが正しいだろうか?

 

一つは

「野菜を加熱するとビタミンなどが減ってしまう

  だから野菜は生で食べたほうがいい」

もう一つは

「野菜は加熱すると身体にいい抗酸化物質や抗がん物質が増える

  だから野菜は茹でたほうがいい」

 

・・・

 

実は二つの主張はどちらも間違いではなく

確かなエビデンス(科学的根拠)がある

 

つまり

生野菜と茹で野菜にはそれぞれメリットとデメリットがあり

完璧な食べ方は存在しない

 

これがトレードオフの意味するところ

 

これは人生そのものにも当てはまる

 

現状維持したい自分でありながら

未来に不安を抱えている自分もいる

 

今のままではどうなるか分からないとは

誰でも薄々分かっていること

 

しかし

何も代償を払わず、現状維持ができると思うだろうか?

 

そうは思わないだろう

 

未来も現状のままで生活できているなら

貯金をする必要がないだろう

 

もちろん

今よりより良くしようすることも同じ

 

現状のままで自然と都合よく

より良くはならないでだろう

 

だから

今の楽しむ時間や大事なお金を未来のために使っているはず

 

つまり

「今」か「未来」かのどちらか一つを選択していることになる

 

同じ時間や同じお金で

現状維持とよりよい未来を両立させることはできない

 

これもトレードオフ

 

年齢に関係なく

生きている限りずっとつきまとうジレンマ

 

もちろん

未来は何とかなるからと今の自分にとって

心地よいことを選択することが悪いということではない

 

問題となるのは

その選択によってエラーが起きるたびに

自分のことを棚上げして

(やってこなかったこと、相応の代償を払っていないなど)

環境や人のせいにしてしまうこと

 

それでは

同情してくれる人はいるかもしれないが

自分が必要なときだけ

助けを求められる状態と同じ

 

そんな都合のよいことはそうそうないだろう

 

それでは

人生に最も必要な良い人間関係を保てることはできない

 

自分の悩みや問題や不安は

今の自分の能力では解決できないから起きていると言える

 

ということは

今理解できることや今やれることでは解決しないということ

 

答えは出ているのに

同じ方法ずっとやり続けて

違う結果を望むことなど到底おかしな話

 

ではどうすればいいだろうか?

 

上記で言えば

偏った食べ方をしないこと

 

いろいろな料理をバランスよく食べるしかない

 

或いは

今も大切だろうが未来のことにも目を向けること

 

もちろん

今のこと(日々楽しむこと)ばかりでは

未来に対する不安や悩みが大きくなるだろう

 

一方で未来のことばかりでは

今を我慢することが多くなるので心が荒むことだろう

 

すべては自分で最適なバランスを取ること

 

つまり

適切なことを

適切なときに

適切な度合いで

適切な動機から

適切な方法ですること

 

古代哲学者アリストテレスが言うところの「中庸」

しかし

中庸は普遍的なものではあるが

どんな状況においても中庸を見極めるのは容易ではない

 

そのときの状況がつねに変化し現われ

それぞれの状況で何が適切かは

その時の自分の能力や限りある知識の範囲内でしか

評価判断できないから

 

だから

多くの引き出し持って解決できるように

知識の巾(教養)を日々積み上げておくこと

 

それに加え

一人ですべてを解決できることないから

良い人間関係(頼れる人も含む)、信頼関係を築き維持すること

 

しかし

これらは一朝一夕でできるものではない

 

誰しも限界はある

 

それらを踏まえれば

最後はこれが一番大切なことだが

その時々の自分の能力を受け入れること

(自己受容力)

 

「起きたことは仕方ないこと」

 

自分も人も

 

同じ常識もあれば違う常識もある

 

同じ考え方もあれば違う考え方もある

 

意識するところも習慣も違う

 

ならば当然

いつでもどんなときでも不都合な想定外は起こり得る

 

不都合な出来事が起きた時に

不快な状況が訪れたとき

いかに自分にも人にも優しくなれるか

 

 

あなたは今の選択に満足してますか?

 

それに対するエラーを受け入れられますか?